機械工学科の工業高専生が大学(旧帝大?)に編入を試みる日記

移転しました。

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現代における教養と読書の有効性

偏った思考とは恐ろしいものです。


Yes or No という言葉がありますが
世の中2択で答えが定まる問いというのは少数派でしょう。

今の日本の中国や韓国などとの領土問題や
アメリカとイスラム諸国との侮辱問題など
これらは、偏った思考から起こった摩擦です。

日本を極端に悪者として扱った歴史教育を行った中国・韓国も問題ですが
歴史を軽視した外交を行ってしまった日本にも重大な責任があります。

世界中、様々な国と地域、民族
様々な価値観を持った人が存在します。


現代では、一つではなく複数の視点から考えることが必要であるように思います。

Aという世界ではYesでも、Bという世界ではNoかもしれないのです。
具体例としては「国防のために核を保有するか?」どうかという問題などがあります。

グローバル化した社会では2択問題として扱うのは不可能な問題がほとんどなのです。

複数の視点から物事を見極めて答えを出すには何が必要なのでしょうか?





その答えは 「教養」 だと私は思います。


古代ヨーロッパでは教養とは、洗練された会話を楽しむための能力であったと言われています。
日本では昭和前半頃までは、とにかく沢山の知識を持つことが教養とされてたようです。

では、現代の教養とは何でしょうか?

「現代の教養とは、知識と知識をつなげる接着剤である」

これは私がこの夏休みを通して考えて辿り着いた一つの答えです。


例として

イスラム教諸国で
「いつでもどこでも聖地の位置が分かるケータイ」
     がバカ売れしたそうです。(確か、サムスンだったと思います。)

決まった時間に聖地に向かってお祈りする事が習慣になっている
イスラム教徒のニーズに応えたものです。

これは、携帯電話に関する各種技術を
宗教に関する知識が接着剤の役割を果たして、出来上がった製品です。

これは、教養として宗教について知っていなければ出来なかったものです。



日本では、ここ数十年間
教養を軽視し、専門知識ばかりを求める風潮があります。
大学の教養課程が無駄と見なされてきた訳です。

学校で周りと同じものを学び、同じような知識を持った集団で仕事をするという
日本人の同調思考を改めなければイノベーションは生まれないと私は思います。

多様性を持った1人1人が「異質」な人材をつくっていく社会が
今の日本には必要だと思うのです。

教養を身につけることは、遠回りに見えて、実は
イノベーションへの近道だったりするのです。



現代の教養を身につけるためにも、読書というのは最も有効です。

しかし、注意が必要だと私は考えます。

本はあくまで著者の見解を述べたものです。

同じ方向から見た本ばかりを読むと、知識や思考が偏ってしまうのです。


原発問題を例にすると、
「原発はとても危険だ」という本ばかり読むと、そのような意見しか持てなくなります。
加えて「原発は今の日本経済に不可欠だ」などという本を読めば
賛成派、反対派両方の意見を取り入れた考え方が出来るようになります。

意識して内容を疑い、他の見方もあるということを
念頭に置きながら読書すべきでしょう。



この夏休みを通して、読書の驚くほどの有用性に気付きました。
なぜ今まで本をあまり読まなかったのか悔みます。


インターネットで必要な情報を拾おうと思えばいくらでも拾える時代です。
急いでいる時は、それでも良いでしょう。

しかし、そうでないなら、
教養という寄り道(近道)をしてみても良いのではないでしょうか。



以上、私のこの夏の哲学的??成果でした。
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日記 | コメント:6 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント

おはようございます
夏休みを充実に過ごされたみたいで羨ましい限りです
僕は、進路について考えれた夏休みだったと思います

自分は堅い本はあまりよまず、歴史小説や古典、近代、現代文学を嗜むのですが、
おっしゃる通りだと思います
ただ単に国際社会という枠組みで捉えたり、日本の常識で考えたりせず中国・韓国人を理解するために儒教思想を学んだり、中国の歴史を学んだり、学者さんが書かれていることを学ぶことは、自分の考えをよりよいものにするために大切だと思います


一つ再認識できました、ありがとうございます。
というのは、いろんな立場で書かれている本を読んで自分の考えを構築しそれをまとめるということです。読書の幅が広がりました。

確かに、歴史小説だっていろいろな目線で書かれていますし、少し違うかもしれませんが論語の解説書なども本によってはいろいろな解釈の仕方があって面白いですし。

よく思うんですが、高専生は少し異色の存在であり、そういう意味ではいろんな視野を持っており、いいと思います。
高専の機械工学科だと現場を知っている、かつ人によっては機械もある程度さわれる技術者なわけですから貴重だと思います。

時間の自由も大きく保証されてますし(少なくともうちの高専はそうです)、自分の能力を高めたいと思うならば、充分高められますし。
ただでさえ、教養の授業が少ない環境のいるなか、いろいろな知識を得ることは大切だと思いました。

生意気にも読みにくい長文失礼しました。

2012-09-20 Thu 03:42 | URL | かげちゃん #-[ 編集]
僕は最近になって本を読むようになったので非常に参考になりました。

…とyoshidarsさんの意見を丸呑みにしてしまわずに自分の脳みそも使ってあげようかと思いますww
2012-09-20 Thu 18:14 | URL | ru_pe129 #-[ 編集]
高専はもともと個性的な人材が育ちやすい環境だと思います。
鬼に金棒のような意味で、教養がある高専卒は貴重な人材になるのではないでしょうか。
2012-09-22 Sat 18:59 | URL | yoshidars #-[ 編集]
その通り
この記事は、あくまで私の見解を述べたもので違う意見の人だっているでしょう

さすがですね
あえて、この事は記事に書かなかったんです笑
2012-09-22 Sat 19:02 | URL | yoshidars #-[ 編集]
yoshidarsの意見には賛成です。
ただ『これは、教養として宗教について知っていなければ出来なかったものです。』っとありますが、教養と知識を違えている気がします。個人的意見ですが、知識の延長が教養です。知識をcriticalに考え、自分の意見を持つ、それが教養を作る道筋だと思います。この場合宗教に関する『知識』というべきでは?『宗教に関する知識』って知識って言ってますし。
2012-09-27 Thu 00:28 | URL | ぼそん #-[ 編集]
良いところを突いてきましたね笑

>>個人的意見ですが、知識の延長が教養です。知識をcriticalに考え、自分の意見を持つ、それが教養を作る道筋だと思います。

この考え方は、的を得ている気がします。
これなら知識と教養を区別できますね

おもしろい意見ありがとうございます
2012-09-30 Sun 15:08 | URL | yoshidars #-[ 編集]

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